メンタルヘルス

メンタルトレーニングで高まる「レジリエンス」|スポーツ選手の逆境克服と成長をサポート

逆境に直面した時、私たちはどのように立ち向かうべきでしょうか。
スポーツの世界では、プレッシャーや失敗にどう向き合うかが、選手のパフォーマンスを大きく左右します。
そこで注目されるのが、心の回復力やしなやかさを意味する「レジリエンス」です。

レジリエンスは、単なる根性論や精神論ではありません。
適切なメンタルトレーニングによって高めることが可能です。
この記事では、メンタルトレーニングがどのようにレジリエンスを育み、選手が「なりたい自分」へ向かって歩むためのサポートとなるのかを詳しく解説します。


「レジリエンス」とは?メンタルトレーニングで育む「心の回復力」

「レジリエンス」とは、困難や逆境に直面した際に、それを乗り越え、立ち直る力、あるいはしなやかに適応する能力を指します。
いわば、心の「回復力」「抵抗力」「再構成力」と言えるでしょう。
このレジリエンスを高めることは、スポーツ選手がパフォーマンスを安定させ、長期的な成長を遂げる上で不可欠です。

メンタルトレーニングは、このレジリエンスを高める有効な手段です。
トレーニングというと「きつい」「根性」「我慢」といったイメージを持つかもしれませんが、本来のメンタルトレーニングはそうではありません。
むしろ「なりたい自分に向かって歩む」ための道のりであり、「セルフコントロールできるようになる」ことを目指すものです。

具体的な方法として、メンタルトレーニングでは「認知行動療法」という心理療法が用いられることがあります。認知行動療法では、まず心の内面を「外在化」することから始めます。
外在化とは、選手が考えていることや感じていることなど、内面にあるものを言葉にしたり、書き出したりすることです。

例えば、試合の重要な場面を振り返ってもらい、心の内を外在化していくと、以下のような声が聞かれることがあります。

  • 「ミスについて考えないようにしようと思えば思うほど、ミスするイメージが浮かんだ」
  • 「強気になれない自分に対する怒りが込み上げていた」

このように、自身の内面を外在化してもらうことによって、これまで気づかなかった様々な感情や思考のパターンが見えてきます。これは、レジリエンスを高める第一歩となります。


「メンタルが弱い」の正体は?選手一人ひとりの課題を明確にする重要性

考える女性

「自分はメンタルが弱い」という言葉をよく耳にしますが、一体「メンタルが弱い」とは何を指すのでしょうか?
集中力がないことでしょうか?
リラックスが難しいことでしょうか?
それとも、気持ちの切り替えが苦手なことでしょうか?

この「メンタルが弱い」という状態が曖昧なままでは、効果的なメンタルトレーニングを行うことはできません。
そこで、まずは「メンタルとは何か」を選手自身が明確にしていくことが必要です。選手個人のメンタルの課題は一人ひとり異なりますので、一言で「メンタルとはこれだ」と言い切ることはできません。

この課題を明確にするには、選手には「自身のメンタルの課題」について具体的に語ってもらいます。
そして、その課題が表れた「具体的な場面」についても詳しく語ってもらいます。

例えば、「先週の試合、9回ツーアウトで打席が回ってきた場面」など、ある日、ある時、ある場所で起きたことを外在化してもらうのです。外在化しようとすることで、選手は自分自身を客観視できるようになります。

以下のようなやり取りを通じて、選手のメンタルの状態が具体的に見えてきます。

指導者:「その時、どんなことが頭に浮かんだ?」

選手:「打てなかったら監督に怒られる、三振したら落ち込んで立ち直れないだろうな、って思いました。」

指導者:「気分はどうだった?」

選手:「緊張はあったけど、強気になれない自分にイライラしてました。」

指導者:「他にどんなことがあった?」

選手:「とにかく、打てないイメージが頭に浮かんだんです。監督が大声で叫んでいるのも気になってたし、もっと相手投手に集中すべきだったんですけど…。」

この例では、「三振したらどうしよう」と考えすぎてしまうことが選手のメンタルの課題として見えてきました。
この場合、ネガティブなイメージが意図せず浮かんでくる「考え方」に焦点を当ててトレーニングを進めることになります。

心の内を外在化することによって、選手本人が自身のメンタルの課題を客観的に捉えることができるようになります。
さらに、次回のメンタルトレーニングまでに「課題となった場面があったら報告する」という宿題を出すことも効果的です。
そうすることで、選手は課題となる場面に直面した時に「あの時と同じだ。今、自分は何を感じているんだろう。身体の状態はどうだろうか」と、だんだんとその場で自分を客観的に見られるようになるのです。


指導者に求められるコミュニケーションスキル|日常会話から実践する「引き出す力」

選手の心の内を引き出すことは、決して簡単なことではありません。
JSPO(日本スポーツ協会)の公式スポーツ指導者講習会でも、うまく質問することの重要性がテーマとなるほどです。

では、具体的にどのように問いかければ、相手の心を上手に引き出すことができるのでしょうか。

ストレートな質問にどんどん答えてくれる選手もいますが、「そうですね。全然だめですね。」と口数が少ない選手もいます。
このような場合、質問ばかりでは会話が行き詰まってしまいます。
そんな時は、「それって例えばこんなことかな?」と具体例を挙げたり、「緊張と不安ってよく言うけど、どっちが近い感覚?」など、選択肢を提示して選んでもらうことで、会話を掘り下げていく方法があります。

ただし、このようなコミュニケーションを円滑に行うためには、質問する側の指導者もスキルを磨く必要があります。
指導者は、スポーツの場面だけでなく、日常生活の様々な場面でもコミュニケーションの練習をしてみるのが良いです。

例えば、コンビニやカフェでの買い物など、まったく関係のない人と話をする機会を意識的に作ってみるのです。
選手の目を見て話せていないと感じるなら、店員さんの目をしっかりと見て注文してみる。相手の懐に飛び込んだコミュニケーションが取れていないと思うなら、「おはようございます」と挨拶をしたり、必要もないのに「今日はいい天気ですね」とあえて元気に話しかけてみたりする。
選手と実際に深く向き合うスポーツの場面に備えて、失敗しても許されるような日常場面で試してみることが、コミュニケーションスキル向上のための大切なステップとなります。

店員さんには少し変な人だと思われるかもしれませんが、これは選手との信頼関係を築く上で非常に重要な練習なのです。


解決策は千差万別|選手自身の「気づき」と「繋がり」がカギ

書類を開いている女性

心の内を外在化し、自分を客観視できるようになってくると、選手自身に「気づき」まれてきます。
例えば、「私はメンタルが弱いと思っていたのは、失敗することばかり考えてしまうことだったんだ」というように、自分の課題が具体的に理解できるようになります。
すると、「そういえば1ヶ月前のあのシーンもよく似ていたけれど、あそこではうまくいった。ということは、いつも失敗するわけでもないんだ」といったように、次第に様々なことに気づくようになっていきます。
そして、自分の課題を解決するための道筋も、ぼんやりと見えてきます。

ここで最も重要なのは、解決策は人それぞれで違うということです。
ある選手にとって効果的な方法が、別の選手にも当てはまるとは限りません。Aという方法を試してみて、うまくいかなければB、そしてCと試していく中で、「Cはちょっといい感じだけど、少しやり方を変えればもっとしっくりくるかもしれない」といった具合に、選手自身が実験を繰り返し、自分に最適な方法を探していきます。

「俺は天才だ」と自信に満ち溢れた選手もいれば、「失敗するのは怖い」と不安を感じる選手もいます。
だからこそ、指導者には選手一人ひとりに合った解決策を一緒に考え、寄り添う姿勢が求められます。

また、実際の現場では「人との繋がり」が大きなカギを握ります。
メンタルトレーニングでは、課題を解決する方法を選手自身が見つけ出せるようになることも大切です。
例えば、以下のような多様な情報源からヒントを得るよう促すことができます。

  • 別の競技の指導者や選手にアドバイスを求める
  • 好きな選手の本を読んだり、テレビのドキュメンタリー番組を見たりしてヒントを探す
  • スポーツをやらない家族との何気ない会話が、解決の糸口になることもある

指導者には、ただ「いい解決策を提案すること」だけでなく、選手が自ら多方面にアドバイスを求めてみるよう促す姿勢も重要です。
あるいは、指導者自身が周りの人にアドバイスを求める姿勢をあえて選手に見せることも、選手が他者との繋がりを意識するきっかけになるかもしれません。
レジリエンスを高める上で、人との繋がりは非常に大きなカギとなるのです。


まとめ|レジリエンスを高め、スポーツ選手が輝くために

この記事では、メンタルトレーニングがいかにスポーツ選手のレジリエンス(心の回復力、抵抗力、再構成力)を高め、逆境を乗り越える力へと繋がるかを解説しました。
単なる精神論ではないメンタルトレーニングは、選手が「なりたい自分」へ向かって歩むための強力なサポートとなります。

重要なポイントの再確認

  • レジリエンスの育成
    メンタルトレーニングは、認知行動療法の技法を用いて、選手の心の内を外在化することから始まります。
    これにより、自身の思考や感情のパターンに「気づき」が生まれ、心の回復力を高める第一歩となります。
  • 「メンタルが弱い」の明確化
    漠然とした「メンタルの弱さ」を、選手個人の具体的な課題や場面と結びつけて明確にすることが重要です。
    これにより、効果的なトレーニングへと繋がります。
  • 指導者のコミュニケーションスキル
    選手の心を引き出すには、質問だけでなく、具体例を提示したり、選択肢を与えたりする工夫が必要です。
    日常生活でのコミュニケーション練習も、選手との信頼関係構築に役立ちます。
  • 選手自身の「気づき」と「繋がり」
    解決策は選手一人ひとり異なるため、指導者は選手に寄り添い、最適な方法を共に探す姿勢が求められます。
    また、周囲の人々との「繋がり」からヒントを得ることも、レジリエンスを高める上で非常に重要です。

メンタルトレーニングは、選手が自分自身を客観視し、課題を認識し、解決策を自ら見つけ出す力を育みます。
そして、指導者の適切なサポートと、他者との繋がりが、選手がどんな困難にもしなやかに対応し、成長していくための大きな推進力となります。